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エンジニアたちの「思い」
それが500E伝説の始まりだった

 メルセデス・ベンツが500Eを発表したのは1990年のパリ・サロンでした。なぜ同社がコンプリートセダンの開発に着手したのかは諸説がありますけれど、ライバルのBMWが5シリーズをベースとするM5を開発していたことがきっかけだったとする説が有力のようです。ともあれ、メルセデス・ベンツのエンジニアたちが動きます。SL用V8を積むEクラスを作ろうと決断したのです。とにかくこの開発の経緯からしてフリークにはたまらないわけです。だって、メルセデス・ベンツのエンジニアと言えば、真面目でお堅いエリート集団で知られています。そんな彼らが300EのボンネットにSL用5リッターV8エンジンを押し込む離れワザ、というかまるで理屈の通らない冒険に挑んだ。ムムム……エンスーな世界ですね。泣かせます。

 ただし、発表までの道程は困難を極めたようです。だいたいW124のエンジンコンパートメントには5リッターV8を収めるスペースなどなかったことが最初の壁となります。いまでこそEクラスにはV8モデルがありますが、当時は直4か直6モデルしかなかったわけですから当然です。そこでエンジニアたちは大手術を決断。フロントのバルクヘッドから前部をまったく新しいものに作り替え、500SLのエンジンとフロントアクスルをそのまま移植することに挑んだのです。だから、500Eのステアリング系パーツやフロント/リアのサスペンションはSLとほとんど同じなのです。500Eのアイコンになっている美しいオーバーフェンダーはSLのサスペンションを収めるためにこれしかなかった策。他にもメルセデス・ベンツのエンジニアたちがエンジンやサスペンションの変更によってバランスを崩さないために手を尽くした跡をそこかしこに見ることができます。すべてに意味があるんですね。そんなエンジニア魂がダイレクトに伝わってくるモデル、残念ながらイマのクルマにはありません。

 そして、500Eの逸話には超豪華な付録も添えられました。サスペンションのセッティングと組み付け、またボディの生産をなんとポルシェが担当したのです。なぜポルシェだったのか?これも諸説ありますが、当時深刻な経営難に陥っていたポルシェを救済するためにシュツッツガルトのツェフェハウゼン本社工場を使ったという説が有力なようです。理由はともあれ夢のコラボ。フリークにはたまらない意味を持つモデルとなったわけです。

 1993年にマイナーチェンジが実施され、呼称が500EからE500に変更されたタイミングでポルシェは生産から手を引き、完全なメルセデス・ベンツ製となりましたが、すごいのは前期モノと後期モノでは乗り味がかなり異なること。そう、前期モノの足やボディはポルシェが本気でセッティング/アッセンブリーを行った結果、乗り味にポルシェの血が見事なまでに注入されているのです。「その乗り味ってどんな感じなのよ?」という皆さんからの声が聞こえてきそうですが……、シンプルに言えば「イマのクルマにはない手作り感」ということになるでしょうか。

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19年の時をまったく感じさせないコンディションの1992年式500E。ノーマルのW124に比べると車高が明らかに低いのが分かる。ちなみにダンパーはビルシュタイン製。

ご紹介する個体はポルシェの工場で生産された前期モノの500E。後期モノは完全なメルセデス・ベンツ製となり呼称もE500となった。ちなみに、ウィンカーレンズはオレンジからホワイトとなり、グリルのデザイン変更などで精悍さが増している。ゆえに、前期モノを後期仕様に変更する500Eオーナーが多かったようだ。だからオリジナル状態の500Eは非常に貴重。

やはり油性ペイントのツヤには深みがある。完全なオリジナル状態で、ウィンカーレンズはもちろん、ブレーキパッドさえ交換されていない。スペアキーなどの装備品も完璧に揃っている。

※掲載車輌の情報は2011年4月14日時点のものです。既に売約済みの場合がございますのでご了承下さい。